ジメジメと黴臭い廊下を慎重に奥に進む。

暗い・・・。

窓と言う窓にはベニヤ板が打ち付けられていて、外光が全くと言っていいほど入ってこない。

これは一体いつの空気なんだろう。

全く換気がされた様子のない埃と黴が充満している空気に、思わず顔を顰めてしまった。

こんな陰気な所に本当にあいつ等はいるんだろうか。

とにかく静かだ。静か過ぎる。

あの男が侵入するのを目撃していなければ、絶対こんな所に人が隠れているなんて思わなかっただろう。



トラップの気配がないか細心の注意を払いながら、一つ一つ部屋を探った。

ギギギ・・・と軋む扉を慎重に開けて、室内の気配を丹念に探り出す。

埃だらけの床、無残に打ち捨てられた家具、蜘蛛の巣だらけの天井・・・。

どの部屋も人間が隠れる場所など元よりなくて、どこもかしこも不気味なほど静まり返っていた。

あの男の気配も、敵忍の気配も全く感じられない。

ジリジリとした緊迫感だけが、否応無く募り募っていく。


いない・・・。ここにもいない・・・。

どこだ。どこに隠れているんだ――


順々に探索を終え、残すは地下だけとなった。


「・・・・・・」「・・・・・・」

「・・・・・・」「・・・・・・」


僅かなフィンガーサインとアイコンタクトのみで意思疎通を図ると、おもむろに地下に向かった。

今まで以上に足音を殺し、慎重に階段を降りる。

ヒタヒタと微かな足音の他には何も聞こえてこない。

地下に進むにつれて、澱んだ空気が一層ジメジメとしてきた。

いろんな臭いが鼻をつく。ドロドロと濁ったような腐敗臭がどこからともなく漂ってくる。

ネズミか何かの屍骸でもあるのだろうか。とても人間が過ごせるような環境ではない。

本当にこんな場所にあの男達が潜んでいるとは思えない・・・。



やがて、真っ暗な闇の奥に、L字型に曲がる廊下を見つけた。

壁に身を寄せて敵の気配を探るのだが、相変わらず何の気配も感じ取れなかった。

ポーチから鏡を取り出し、カカシ先生がそっと廊下の先を鏡に映す。

ぼんやりと何かが見える・・・。

必死に目を凝らして真っ暗な鏡面を睨み付けていると、突き当たりの壁からほんの僅かに灯りが漏れ出しているのが見て取れた。



「あ・・・、壁から光が・・・」

「あそこか?」

「でも・・・、罠かもしれませんよ」

「ま、行くだけ行ってみよう」



「気をつけろ・・・」 慎重に足を進める。

壁の灯りまであと数メートル・・・。

周りは一見普通の壁のようだが、どこかに仕掛けが施されている筈。

手探りでスイッチらしき物がないかと探りながら、ゆっくり足を進めていると、



「おっと、そこまでだ」

―――!」



夥しい殺気に圧倒され、咄嗟に後ろを振り返った。

いつの間にか、周りを敵忍に取り囲まれていた。漆黒の闇に紛れ込んで、一体何人いるのか見当が付かない。



「あーあ、やっぱりね」



カカシ先生の自嘲めいた呟きを皮切りに、ヒュンッヒュンッヒュンッ・・・と、鋭く空気を切り裂く音が辺りに木霊した。

「いつの間に・・・」と考える暇もなく、クナイや手裏剣がビュンビュンと襲ってくる。

徐々に目が慣れてきたとはいえ、野外での戦闘のように機敏に動き回れる訳ではない。

気配を察し、繰り出される刃をよけるのが精一杯だった。

それに、この建物に侵入した時から、鉄条網に仕掛けられていた結界と同じ波動をずっと感じていた。

つまり、もしここで忍術を使っても術が封じられるのはおろか、先程と同じく突拍子もない攻撃を喰らってしまうのだろう。

とにかく、今はこの襲撃を切り抜けないと・・・。

クナイを握り締め必死に応戦していると、ビュンッ!とより鋭利に風を切り裂く音が耳元を掠め、後ろの壁に何かが突き刺さる音がした。



「サクラ、下がってろ」



同じくクナイで応戦していたカカシ先生が素早く前に立ちはだかる。

闇の中でも赤い瞳が爛々と燃えていた。

殺気を全く隠そうとせず、むしろ露わに敵にぶつけながら一人、また一人と敵を倒しにかかる。

アオバさんもライドウさんも、闇のハンデなど全く感じさせずに激しい攻防を繰り広げていた。

カンッカンッカンッという鋭い金属音が闇に飛び交い、その度にバチバチと火花が散る。

荒い息遣いがあちらこちらで飛び交い、味方か敵か分からない呻き声とともに、血の臭いも辺りに充満し始めた。



一体何人ここにいるんだ・・・。

倒しても倒しても、後から敵が湧いて出てくる。これでは、さっきと何も変わらない。

とにかくこの闇がネックだった。敵の全体像が掴めなくては、とても攻撃に廻れなかった。

じりじりと壁際に追い詰められる。

退路を断たれた私達は圧倒的に不利だった。



「クソ・・・、みすみす罠に嵌っちまったか・・・」

「ああ、物の見事に袋のネズミだな」

「とにかく逃げ場を確保しないと・・・」



ふと、先生の姿が闇に消えた――。と同時に敵忍がバタバタと倒れた。


「戻れ!」


向こうから先生の呼ぶ声がする。

あまりに一瞬の出来事で、何が起きたのかさっぱり分からなかった。

でも、今なら退路が開いている。考えている暇はない。

未だ立ちはだかろうとする敵忍の鳩尾に一発パンチを喰らわせてやりながら、階段の方へ駆け向かった。



と・・・。

カタッ・・・と足元で小さな音がした。



「危ないっ!よけろ!」



振り向くと、起爆札をぶら下げたクナイが矢のようにこちらに一斉に向かってくる。

しまった。トラップに引っ掛かった・・・。



身を屈めてよけるのが精一杯だ――



頭を庇って身体を小さく丸める。

程なく、眩い閃光が一瞬にして辺りを走り、耳をつんざく轟音がそこいら中に響き渡った。

ガラガラガラガラ・・・

大音響と共に、壁や天井が衝撃で崩れ落ちてくる。

爆風に巻き込まれ、近くの壁に叩きつけられた私は一瞬気が遠くなりかけた。



「サクラッ、無事かーーっ!」



先生の声が聞こえる・・・。行かなくちゃ・・・。



何とかして起き上がろうとした瞬間、第二第三の爆発が立て続けに起こった。

グラグラと足元が大きく揺れて、ポッカリと大きな穴があく。




「あ・・・、ああぁぁぁーーーっ・・・!」




瞬く間に、大量の瓦礫がその穴に呑み込まれていく。

足場を失った私も、ガラガラと奈落の底に落ちていった――